Re: 【SS】とうもろこし畑の住人 ( No.1 ) |
- 日時: 2007/01/28 20:40
- 名前: みなお
- 『めざましテーベーの時間です。皆さん、おはようございま〜す』
「おはよーございます〜」 国営放送の朝のニュース番組が、テーベーの中から明るく語りかける。 結城杏はコーヒーを一口飲むと、何とはなしに挨拶を返した。 世界忍者国、ファーマーを自認する杏の目覚めは、早い。まず朝一番で畑に行って早朝の作業を済ませると、騎士団の任務の合間を縫って日中も畑の見回り。それでも最近は、収穫間近の作物が鳥やら猫やらの被害に遭うことも少しは減ってきている。 「やっぱアレのおかげ、なのかな」 畑を思い浮かべて、杏はひとりごちる。ご神体を模した通称「畑のロイ」と呼ばれる案山子。ビキニ姿の男性型のそれが畑に連なっている光景は、はじめこそなんというか異様に見えたけれど、もうすっかり慣れた。なんといってもこの国では、その姿がまるで見えない場所を探すのが難しいほどなのだから。 ちなみにその案山子の中にはひとつだけ特殊樹脂製のロイ像が隠されていて、スタンプラリーに応募するための「108のロイ像」のうちのひとつだ。日ごとマメに畑に通っている杏は、すぐにそれに気づいた。今度、スタンプラリーに応募してみようかな。 『続いて、今日の忍者占いで〜す』 「お、どれどれ」 星見司と天文台の協力を得ているという国営放送の占いは、よく当たると評判だ。ついつい見入る。 『今週の運勢は、ごめんなさい、ちょっとイマイチ。評価が得られず、踏んだり蹴ったりな予感』 「…」 大して気にしないとはいえ、この言われ様は。うーん、となんだか暗い気分になっていると、明るい声が続いた。 『でも、そんなあなたの頑張りを見ててくれる人は必ずいます! ラッキーアイテムは、くじ』 「くじ?」 そんなの売ってるとこあったっけ。まあいいや、と朝食を片づける。そろそろ出勤の時間だ。 『続いて、お知らせです。明日0時から共和国主催の宝くじが発売されることになりました。一攫千金のチャ〜ンス、ですよお。欲しいもののある方は是非、チャレンジ!』 杏の猫耳がぴきーんと立ち上がる。宝くじ! ラッキーアイテムだ。 ついついかじりかけのコーンブレッドに目が行く。杏には夢があった。ファーマーを名乗る以上、この国の畑を拡大するためぜひともとうもろこしの栽培キットを手に入れ、そしてゆくゆくはとうもろこし畑の管理人として君臨するのだ。いや、君臨はしなくてもいいけどともかく。 宝くじを当てて、念願の栽培キットを買おう。杏の脳裏に美しく広がった畑が浮かび、思わずうっとりする。占いなんてやっぱりあてにならない。こんなタイミングで宝くじが買えるなんて、ラッキーと言わずしてなんと言おうか。 「よおし、絶っ対手に入れるぞ〜♪」 コーンブレッドの最後の一切れを含むと、杏は足どりも軽く家を飛び出した。
その日の深夜、観光地の一角。国民への連絡掲示板のある場所のほど近くに、『にゃんにゃん共和国 宝くじ発売!』の大きな垂れ幕が下がっている。こういうお祭りごとが国を挙げて好きなのは、共和国のどの国も同じかもしれない。 「うわ、すごい人…」 宝くじの購入は翌日の夜までできるという話だったが、既に広場にはたくさんの人が詰めかけていた。よく見ると列の前の方には同じ赤の騎士団の騎士、鐘音、緋乃江戌人、白金優士などの姿がうかがえる。 「みなさん気合い入ってますねえ」 すぐ前に並んでいたカヲリに声をかけられる。かく言うカヲリも、くじ運の神様〜とどこへともなく祈りを捧げている。 0時近く、列が動き始めた。今回の宝くじはチケットに番号と名前を書いて応募する形式で、それが後日共和国尚書省から発表される番号と合致すれば当たり、ということらしい。 先頭の人は迷いなく記入を終えると、係員と談笑しているようだ。その姿に見覚えがある。 「あれってもしかして、藩王様?」 「何時から並んでたんでしょう…っていうかやっぱりこの国」 「お祭りごと大好き、だよね」 カヲリと2人、くすくすと笑い合う。 そうこうするうち、杏に順番が回ってきた。 (オイラのもろこし栽培キットがああああああああああ!! 当たりますように!!) 氏名を書き、無言で念をこめて、えいやっとばかりに箱に投下…したのだが。 「ああああっ! 数字書き忘れたっ?!」 真っ青になる。応募を終えた人の波を、ごめんなさいごめんなさいと言いながら慌てて逆行する杏。 しかし既に杏の後、扇りんく、尋軌をはじめ何人かがチケットを投じていて、元より応募数の多い箱の中は混沌状態。自分のチケットを取り出す術があるはずもない。 苦い顔をする係員を拝み倒してもう1枚チケットを分けてもらい、やっとの思いで番号を記入すると、応募を終えたのであった。 「ん、何かトラブルかな」 「いや、無事に済んだようですよ。チケットは2枚になりますが、お祭りですからまあ問題ないでしょう。ところで藩王、何時から並んでたんですか」 「それはもう告知が出てすぐ…い、いや、公務があったからな。もちろんそれを終えてからだぞ、うん。ははは」 「…いつもそれくらい熱心だと、ありがたいんですけどねえ」 みはえる摂政はため息をひとつ。 しかし杏のため息は、それよりも深い。 (ああ、なんか初手からつまづいてしまった…でもでもっ、ラッキーアイテムだし! 頼むよ神様星見様!) どこへともなく祈りを捧げる夜空には、人の思惑など知りませんよといった風情で、無数の星が瞬いていた。
翌日発表された当選番号の中に、杏の「0924」は無かった。掲示板に張り出された番号を何度も確かめたが、ない。その場にがっくりとくずおれる。 同じく番号を確認しに来ていた可銀と春日彼方、氷野凍矢が見かねて声をかける。 「まあ、当たる人の方が少ないんだしさ。仕方ないって」 「そうですよ〜。私たちもきっぱりハズレでしたし。ね」 「それに環月怜夜団長と、歌姫の月代由利さんが2等でしたからね。国としては良い結果でしょう」 うにゃ〜と耳を落としてうなだれる杏。記入ミスといい、ついてないにも程がある。 当選番号の中に「0926」という、ほんの少しの差の番号があるのも悔しかった。前後賞とか、ないのかなぁ…ないか。 せめて大好きなとうもろこし畑を眺めて心を癒そうと畑に向かおうとすると、今日に限ってぽつぽつと雨が降ってきた。見上げると、曇天から雫の降りる風景は、まるで涙のよう。 畑には倉庫以外に雨を避けられる場所もない。仕方なく肩を落として仕事場へと向かう。 (うう、踏んだり蹴ったりでしかも評価もナシ…こんな占い、当たらなくてもいいのに〜)
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Re: 【SS】とうもろこし畑の住人 ( No.2 ) |
- 日時: 2007/01/28 20:41
- 名前: みなお
- 一方その頃、王宮にある藩王の執務室では、藩王と摂政2人に緋乃江戌人病院長、環月怜夜団長を加えて、真剣ながらどこか浮き立つような空気の中で次々と案件が処理されていた。この国の悲願である、ロジャーを迎える日がついに近づいていた。
「ではお出迎えは、騎士団総出で行うということで。続いて収支の件ですが…聞いてますか、藩王?」 ねうねうと肯く藩王の目は、しかしハート形が透けて見えるような状態で、気もそぞろであることは明らかだ。まあそれは、他の面々についても同じだったが。唯一正気を保っていると言えるみはえる摂政が、議事の進行を一手に引き受けている。 「しっかりしてくださいよ、まったく。国内の整備は賓客をお迎えするために絶対必要なんですから。えー、昨日の宝くじですが、団長と月代騎士が当選いたしましたので、国庫への反映を…」 藩王がどれどれ、と結果の一覧を覗きこむと、ひとりの騎士の名が目にとまった。ああ、はずれてしまったんだな。強い意志と目標とをたたえた瞳で、一心に祈っていた姿が思い出されて、なんだかやるせない気分になる。 「次に、来国記念祝賀会の詳細ですが…」 ふむ、と5秒ほど考えた後、机上の資料に何やらさらさらと書き加える。うん、これで良し。 藩王は満足げに耳を揺らすと、みはえる摂政の悲鳴に似た進行の声を聞きながら、再びハートで彩られた妄想の中へと旅だっていった。
数日の後、連絡掲示板を眺めに寄った杏は、我が目を疑うことになる。 先日遂にロジャーを迎えてから、国内はいずこも終日お祭り騒ぎの様相を呈していた。しかし畑は生き物、ファーマーに休日はない。その日も杏は日課の畑仕事を終えた帰り道だった。 掲示板の文字を、何度も読み返してみる。ついでにちょっと、頬をつねってみる。痛い。夢じゃない。 そこには国民感謝イベントの賞品として、 『とうもろこしの苗10000本』 の文字が、確かにあった。栽培キットどころじゃない、すぐに育てられる苗。しかも、10000本! 「へ〜、猫士様の名前をつけられるんだぁ」 たまたま側で掲示板を眺めていた逢瀬みなおの両肩を掴み、杏は問うた。というより、叫んだ。 「どこっ、どこで申し込めるんですかこれ。応募しますってか当てます、絶対! とうもろこしの苗あああああ!! ファーマーの血が騒ぐゎぁあああ!!」
更に数日後の朝。夜明けの澄んだ空気を胸いっぱい吸いこんで、さあ畑に出るぞと気合いを入れた杏の前に、その人物は笑みを浮かべて立っていた。 「は、藩王様…?!」 「おはよう。いい朝だな」 「は、はい。おはようございます」 「早速だが良い報せだ。先の国民感謝イベント、『とうもろこしの苗10000本』は結城杏騎士に贈られることに決定した。おめでとう」 「ホントですか?! やっったああぁ!」 思わず歓声を上げる。念願の、夢の、第一歩が手に入ったのだ。 「いつも早朝から、畑の手入れをしてくれているな。食料は国の基盤であり、民を育てる大切な礎だ。感謝している」 「そんな…私の方こそ…」 もとより感謝を求めてしていることではない。杏はただ農業が好きで、とうもろこしに愛を注いでいるだけだった。それでもこうして改めて言葉にされると、胸に響いた。 「でもあの賞品って…他に誰か応募があったんですか?」 「いや、それは…そのぅ」 不思議そうに見つめられて、藩王は目をそらす。 「つまりその、あれだ…せっかく賓客がみえたというのに、うかない顔をした国民がいては失礼だろう。そういうことだ」 「…ありがとう、ございます」 藩王は照れたように早足で畑へと向かう。その背中を見ながら杏は、この間の占いを思い出していた。そうだ、「その努力を見ていてくれる人はいる」と…まさかそれが藩王とは、想像もしなかったが。 「賞品の苗は、あの倉庫の脇にある。大切に育ててくれ」 「はいっ」 「それから…」 こほん、と咳払いをして、藩王は続けた。 「藩王として、赤の騎士団結城杏騎士に新たな任を与えよう。このとうもろこし畑の管理人を命ずる」 「…!」 「管理小屋の建設はちと間に合わなかったが、なに、手すきの騎士を使えばすぐにもできあがるだろう」 「はいっ! 嬉しいです頑張ります!!」 うん、と肯いて藩王は、とうもろこし畑の彼方、昇りくる太陽に目をやる。 この国にやってきてまだわずか。当初の念願が叶ったとはいえ、様々な困難がこれからも降りかかってくるだろう。杏にも、この国にも。 それでも。 目の前に広がるとうもろこし畑と、そこに新たに加わる苗。あたらしい、いのち。 見つめる杏の瞳は、朝日を受けて輝く穂に負けないほど、きらきらと輝いていた。
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