扇りんくの物語 ( No.1 ) |
- 日時: 2007/02/24 19:45
- 名前: 扇りんく@世界忍者国
- 扇りんくが、この世界忍者国にやってきたのは、ほんの1ヶ月前のことである。
赤い長髪をなびかせて颯爽と歩いている…のを目指して、普通に歩いて旅をしているただの女だった。 特技なんていうものは特にない。 ちょっとばかり方向音痴だが、人に料理をふるまってその笑顔を見るのが好きなどこにでもいる女性だった。 そんな扇りんくが、どうしてこの国にたどり着いたのかはわからない。 ただ、いろいろな国を旅して、あちこちをさまよって、気がついたらここにいた。 もしかしたら、得意の方向音痴がはたらいたのかもしれない。 まあ、それとは別に、道を歩いているときに目に入った巨大な像も気になったというのも、彼女が世界忍者国にたちよる理由の大半であったことは否定しないが。
「ふわぁ〜……おっきな像ね」
扇りんくは足元まで歩いていって、目をまん丸にして巨大な像を見上げる。 なんというか、規格外の大きさだ。 ついでにまぶしいほどの銀色だ。 クロムだろうか。 なぜか半裸の像なのはともかく、非常に立派な像である。
「ん? なにかな、あれ」
上から視線をずっとずらして、足元になにやら設置された台を発見し、近寄った。 そこに書いてある文字を読み上げる。
「…『すたんぷらりぃ』?」
とりあえず、『ご自由にお持ちください』と書かれた台帳を手に取り、ポン、とひとつ押してみる。 輝く笑顔も爽やかな、ロジャーのスタンプがこちらを見ていた。
「……この国は、平和なのね」
思わず、笑顔になる。 辺りを見回しても、人々にギスギスした様子やせかせかした感じは見られない。 自然とともにのんびり暮らしているというのが見てとれた。 なんだか、こちらまで嬉しくなる。 人々の笑顔を守るために、この国のトップはきっとすごい努力をしているのだろうと思った。
「こんな国に住んでみたいなぁ……」
スタンプ台帳をかばんにしまいながら、ポツリと呟く。 しばらく、この国に滞在して観光でもしてみようか。 幸いにして、ここは温泉街でもあるみたいだし。 ついでに、どうせならスタンプラリーだってやっていきたいし。
近くの宿にるんるん気分で入っていく扇りんく。
こうして、一人の女が世界忍者国にやってきた。 彼女がこの国に住むことを決めるのは、これより1週間後。 この国が、はじめての戦争に挑むその3日前のことだった。
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春日彼方の物語 ( No.2 ) |
- 日時: 2007/02/24 19:47
- 名前: 扇りんく@世界忍者国
- / * /
その日は、雨が降っていた。 春日彼方は一人旅が好きな流浪人である。 ずっと一人でフラフラフラフラあちこちを旅して、その日その日を流れて生きていた。 この国に立ち寄ったのも、もちろんただの偶然だった。 いつものように流れてたどりついた国に何日か逗留してから、また流れていく。 これまでもそうだったし、これからもそうだと思っていた。 その事情が変わったのは、3日前のことである。
/ * /
春日彼方は、ロイ像の下にあるベンチでこれからのことを思案していた。 宿に泊まろうにも手持ちの資金が底をついている。 この雨では大道芸の真似事もできそうにない。 さてどうしたものかと考えていると、ふと雨が何かに遮られた。 顔をあげれば、見知らぬ女性が傘を差し出している。
「ねえ、君。もしかして、行くところがないの?」 「あんた、誰だ?」
彼方がちょっと睨んでみせても、目の前の女性は全く気にしたそぶりがない。
「ちょっと通りがかっただけだよ。なんか寂しそうだったから、声をかけてみたの」 「別に、あんたには関係ないだろ」 「でも、このままじゃ風邪引いちゃうよ」
こちらの言い分を全く聞く気がないらしい。 たしかに、彼方は旅人で、この国での宿泊場所は決まっていない(まずそもそもこの国に滞在するかさえ決めていない)。
「そうだ。とりあえず、うちにいらっしゃい」 「え。おい、ちょっと……!」
慌てる彼方のことなどおかまいなしに、その赤髪の女性は彼方の腕をがっしりつかむと、彼を引きずるようにして歩き出した。 何とか抜け出そうとするも、なぜか抜け出せない。 赤髪の女性――扇りんくは、意外に力が強かったのだった。
/ * /
「はい、ココア。あったまるよ〜」 「……どうも」
流されるままに彼方はココアを受け取った。 ついでにいえば、シャワーや着替えなんかも借りて、ほかほか状態である。
「そうだ。自己紹介がまだだったね。私は扇りんくっていうの。君の名前は?」 「………」
瞬間、彼方は本気で固まった。 今更ではあるが、扇りんくと名乗ったこの女性は、名前も知らぬ見知らぬヤロー(14歳でも男は男だ)を自宅に招いて、あまつさえシャワーまであびさせていたのか。 ちゃっかり借りた彼方が言えることではないかもしれないが。
「俺は、春日彼方」 「彼方君かぁ。彼方君は、一人旅をしてるの?」 「ああ、うん。まあ…そんなとこ」
ココアをずっと飲みながら答える。 すごいねぇとにこにこしているりんくからは、危機感なんてものは欠片も感じ取ることはできない。 ……他人事ながら、心配になる。
「なあ、あんたいっつもこんな感じで知らない奴を家にあげてるのか?」 「え? うーん…この家には引っ越してきたばっかりだから、家にあげたのは彼方君が初めてだよ」
(そういうことを聞いてんじゃねぇ……)
思わずがくりと肩を落とす。 ダメだ。 この人は放っておけない。 なぜだか知らないが、そんな思いが彼方の脳裏をよぎる。
「この国、素敵でしょう? 私もね、この国がとっても気に入ったから、志願したんだ」 「志願?」
そんな彼方におかまいなしに、りんくは微笑みながら語る。
「うん。もうすぐね、戦いがあるんだって。だから、少しでもこの国を助けるお手伝いができたらなって」 「戦いって…戦争ってことか? あんた、戦争に行くのか!?」
この、ちょっとどころかかなり放っておけない人が戦争にでるなんて何を考えてるんだ!と思った彼方はまあ正しい思考の持ち主だろう。
「うん。でも、旅人の私に親切にしてくれたし。志願したら、お家ももらえたし」 「……だからさぁ」
もう彼方は脱力するしかない。 にこにこ笑っているりんくは、まだ濡れてるよーとか言いながら、彼方の頭をわしわしとタオルで拭いた。
「彼方君も、行くところがないならここにいるといいよ。この国の人たち、親切な人ばかりだから」 「……そうだな」
根がおせっかいな彼方にとって、りんくの言動も行動も、もう放っておけないランキング1位に入ってしまっている。 それに、なにより。 久々に飲んだココアがあったかかったから。
「放っておけないし。しばらく、厄介になるよ」 「わぁ。じゃあ、彼方君と私は家族だね。これからよろしくね!」
心底喜んでいるらしいりんくになにかくすぐったいものを感じつつ、春日彼方はこの国に留まることになった。 幸いにして、この国で必要とされている職業のうち、医療という分野に関しては多少の心得はある。
「こちらこそ、よろしく」
とりあえず、この人から目を離さないようにしようと、春日彼方は心に誓ったのだった。
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風巻隆景の物語 一 ( No.3 ) |
- 日時: 2007/02/24 19:48
- 名前: 扇りんく@世界忍者国
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「お腹が…減った……」
風巻隆景はふらふらと道端に倒れこんだ。 頭についている耳が、へにゃーんと垂れ下がっている。 実はここ数日、まともなものを食べていなかった。
「ご、ご飯……」
隆景のお腹がぐぅぅぅと空腹を盛大に主張したとき、偶然、その場を通りかかった人物がいた。
「君、どうしたの? 大丈夫?」 「うぅ……」
慌てて駆け寄る誰かの気配を感じながら、隆景の意識はふつりと途切れた。
/ * /
「ん……」
鼻をくすぐる、おいしそうな匂いで目が覚めた。 次いで隆景の耳に、誰かの大声が聞こえてくる。
「りん姉! 今度はいったい何を拾ってきたんだよ!?」 「うーんと……行き倒れの猫耳少年かな」 「猫耳少年かな、じゃねーって! なんでもかんでも見境なく拾ってきちゃだめだって言ってるだろ」 「でも、お腹がすいて倒れてたみたいだし……」
ちらり、と赤い髪の女性が視線を向ける。 起き上がろうとしていた隆景と目が合った。
「あ。よかった。目が覚めたんだね」 「あ、あの……」
状況がつかめない隆景が顔に疑問符を浮かべながら、赤い髪の女性をみあげる。 赤い髪の女性はにっこり笑うと、こう言った。
「待っててね。今、あったかいシチューをもってくるから」 「は、はい」
すっかり発言の機会を逸して、戸惑う隆景。 そこへ、ちょっと不機嫌そうな金髪の少年が現れた。
「おまえ、さっさと出てけよな」 「え!」
思いっきり睨まれて、ものすごく動揺する隆景。 何か、自分は彼に悪いことをしただろうか。 猫耳が不安げにぴくりとゆれる。
「りん姉はそこらへんに落ちてるものなんでも拾ってきちまうんだよ。こないだだって――」
少年は、まだわけがわからない隆景のベッドの横の椅子に、どかりと腰を下ろしてぶつぶつと呟いている。 このままではなんだか全然話がすすまなそうなので、隆景は意を決して、目の前の金髪少年に話しかけてみることにした。
「せ、拙者は風巻隆景と申します。そなたの名前をうかがってもよろしいだろうか」 「あ? 俺? 俺は春日彼方だ」
非常に気だるげに返される。 しかし、隆景はめげずに続けた。
「ここはいったい……」 「ここは、世界忍者国の騎士団寮。そのなかの俺とりん姉が借りてる部屋だよ」 「拙者はどうし……」 「腹が減りすぎて目を回したおまえを、たまたま通りかかったりん姉が連れてかえってきた。以上。状況はわかったか?」
聞こうと思っていたことを先取りされて、隆景はこくこくと頷いた。 なるほど。状況はわかった。
「わ、わかりました」 「よし。んじゃ……」
さっさと出てけ、と彼方が続けようとしたちょうどそのとき、トレイにシチューとパンをのせて赤い髪の女性――扇りんくが出てきた。
「はい、これをどうぞ」 「うわぁ……!」
隆景の顔がまぶしく輝く。 こんなにおいしそうなものを見るのは、何日ぶりだろう。
「た、食べてもよろしいのですか!?」 「ええ、もちろん。君のために作ったんだから、食べてくれないと困っちゃうよ」
きらきらと目を輝かせて尋ねる隆景に、にっこり笑顔で答えるりんく。 その返事をもらうと同時に、隆景はきっちり「いただきます」と手を合わせ、ものすごいスピードでスプーンを動かし始めた。 あまりに見事な食べっぷりに、彼方も思わずあっけに取られてその様子を見つめている。 ものの10秒とかからぬ早業で皿を空にすると、そろりと皿を押し出した。
「その……」 「おかわりもたくさんあるから、どんどん食べてね」
隆景の言いたいことを読み取って、りんくは出された皿に新しくシチューをよそう。 それからしばらく、隆景の手と口は止まることなく動かされ続けた。
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風巻隆景の物語 二 ( No.4 ) |
- 日時: 2007/02/24 19:50
- 名前: 扇りんく@世界忍者国
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「ご馳走様でした!」 「はい。お粗末さまでした」
にこにこと笑うりんくの隣で、彼方はやや呆然とつぶやいた。
「食うか…? 一人で、この量を……」
まあ、シチューを一鍋とバターロール20個を平らげる様子を見ていれば、そんな言葉が出てくるのも仕方がないというものだ。
「元気になってよかったね。私は扇りんく。君は?」 「あ、拙者は風巻隆景です。美味しいご飯をありがとうございます!」 「いえいえ。君が喜んでくれたなら私も嬉しいよ」 「とってもとっても美味しかったです!!」
わんわん風に言うなら、しっぽがぶんぶんという状態だろう。 しかし、耳は嬉しそうに立っていたし、しっぽもちょっとばかしふりふりされていた。
「それで、隆景君はどうしてお腹をすかせて倒れてたの?」 「! そ、それは……」 「なんだよ。なんか言えないようなわけでもあるのか?」
あきらかにびくりとした隆景を半眼で見る彼方。 俺はまだおまえを認めたわけじゃないし、面倒ごともごめんだと言わんばかりの態度である。
「彼方君、そういう言い方はダメだよ」
ちょっと困ったように笑いながら、りんくは隆景の頭をなでる。
「なにか、言いづらい事情があるの? なら、無理に言わなくても……」 「いえ! 違うのです!!」
隆景が慌てて首を横に振る。 そのあと、恥ずかしそうに告げられた言葉は。
「実は、拙者……料理ができないのです……」
ある意味なるほどと納得する、けれどこんなに真剣に告げられては笑い飛ばすのにも困る内容だった。
「そっか、それは大変だね……」
だが、そう思ったのは彼方だけであったらしい。 りんくはいかにも大変だという沈痛な面持ちで隆景の手をとると、おもむろにうなずいた。
「それじゃ、これから私たちと一緒にこの部屋で暮らせばいいよ」 「ええ!?」 「ちょっと待て、りん姉!!」
あまりの展開に思わずツッコミを入れる彼方。 しかし、事態は彼を放って、さらに進行していく。
「しかし、見ず知らずの方にそこまでご迷惑をおかけするなど…!」 「なに言ってるの。もう見ず知らずじゃないし、一緒に暮らすなら家族だよ」 「家族……!」
いったい何に感銘を受けたのか、隆景の瞳もうるうるとし始めている。
「そう。だから、これから私のことはお姉ちゃんって呼んでね」 「……はい、わかりました! 姉上!!」 「おいおいおいおい〜〜〜〜〜〜」
こうしてあっさり、風巻隆景の同居が決まった。 彼方のツッコミは一切無視である。というより、二人には聞こえていない。
「こんな可愛い弟が二人もできて、すごく嬉しいな」 「姉上、拙者、がんばります!!」 「この天然ボケ×2につっこむのは俺か? 俺なのか?」
いまさら警戒するのも馬鹿馬鹿しくなった彼方がずーんと暗い雰囲気を背負う中、扇りんくと風巻隆景の二人はにこにこと笑いあっていたのだった。
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