Re: 【SS】dawn ( No.1 ) |
- 日時: 2007/03/31 00:45
- 名前: みなお
- はじめは、彼の髪だと思った。
金色にたなびく、豊穣のとうもろこし畑を思わせるそれが、光をうけて輝くさまを。まぶしくて、それでいて目が離せなくて…いつも見ていたから。 けれどその光は頭部にとどまらず、やがて彼の全てを包み込んでしまった。 ――行かないで!
見開いた目には、何も映らなかった。 ああ、またあの夢だと判ってしまうほどにくり返し見るのに、知らず息を詰めてしまう。胸が痛い。 呼吸を取り戻そうと額に手をやると、一面に汗が浮いている。ぬぐった袖でそのまま、力なく目をふさぐ。それでも瞳を閉じることはできなかった。 またあの光景を、見る気がして。 つとめて深呼吸をくり返す。少しずつ、思考が生まれる。そう、今はまだ夜中。ここは自室で、戦はもう終わっていて… 彼はもういない。 胸の痛みは呼吸のせいではないと、気づいている。
夜明け前の風が吹き渡る、城の屋上。素足に伝わるつめたさも、汗が冷えていく寒さも、どこか遠く感じる。 あれからこの場所に、幾度立ったろう。 初めてこの国を訪れた時の、国内を珍しげに歩きまわる姿の、人をからかっては楽しそうに笑っていた笑顔の。欠片さえ残さず、彼が消えてしまってから。 忍びを生業とするこの国の民が総力を挙げて探しても、彼の痕跡さえ見出せなかった。 まるで始めから、ここにいたことが夢だったとでもいうように。 「夢、か…」 悪夢のようだと思うのは、とっくにそれが現実だからだ。わかっている、わかっているけれど。 せめて彼の居た夢の中に戻りたいと願う弱さを、拳を握って潰す。爪が食いこむほどに。 願うなら…誓うのなら。
瞬間、眩しいほどの光が視界に注した。
「ロ…」 すがるようにその名を呼びかけた唇に、泣き疲れて赤い瞳に、かざした傷だらけの手のひらに、そそぐ光。 ゆっくりと姿をのぞかせた太陽が、深い森と国土、そして戦の爪痕を照らしている。 どんな夜もかわらず、夜明けを連れてくる。無情なほどに、必ず。 彼を囲んで笑いあった日々は遠くなるけれど、それでも。狂おしいほどに願い続け、望み続けるならば。 その必然こそが、彼につながる刻なのだと。 胸に落ちた答えが、悲しみも憤りも越えて、決意に変わっていく。
――そうだ、だいたい… あの日から凍えていた頬に、小さく笑みが浮かぶ。 だいたい何だ。勝手に覚悟してかばって、消えてしまうなんて。挙げ句最後には、誰とも知れぬ人の名を言うなんて。 文句のひとつも言ってやらなきゃ、気が済まない。 それで逆に切り返されてあたふたする様子を見ながら、またあの表情を浮かべるに違いない。最高に楽しそうで、それでいてどこかやさしい、あの笑顔を。 取り戻すために。 夜明けの光が、まっすぐに瞳を上げた頬に残る涙の跡を、金色に染めていた。
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