新・世界忍者国 作業掲示板
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  [No.503] [固定URL] Re: 食料生産地用SS<完成?> 投稿者:くぅ  投稿日:2010/02/19(Fri) 04:12:19

亡国某日、世界忍者国内人狼領地、領主宅


「本日の予定は、学園地区の見回り、軍港にて新造船の進水式への出席。その後軍部パーティーでの挨拶」
片手にファイルを抱え、もう片方の手でファイルをめくるメイド服を着た女が一人。

「だりー」
机の上に突っ伏してゴロゴロと上半身を転がす男が一人。

「午後の予定ですが、軍駐屯地にて演習の視察。その後農場にて・・・」

「うだー」

「農場にて・・・」

「だーりー」

「人の話を聞けぇぇー!!」

スパーン!と、気持ちのいい音が鳴り響く。
ファイルをめくっていた女がどこからか取り出したのかいつの間にか空いていた手にハリセンを握っていた。ついでに付け加えるなら、振り下ろした後であった。
「くぅちゃん痛いー。暴力反対ー」
ハリセンで叩かれた頭をなでながらぶーぶーと文句を垂れる男。

この男、ハリセンで頭を叩かれてはいるが旧人狼領地の領主(現、副王(仮))、大神重信である。
大神はのそりと上半身を起こすと座っている椅子の背もたれに思い切り体重を預ける。椅子がギシィと軽く耳障りな音を立てる。

「それで農場の視察についてですが・・・」
くぅと呼ばれた女は勢いよく振り下ろしたハリセンを脇に抱え、息を整えて再びファイルを読み上げる。

「あ、くうちゃん今日の予定全部パスねー。マイハニーとデートだからー」
背もたれに身体を預けながらクルクルと座ったまま回る大神。
ピクピクとくぅの額に青筋が一本浮き出る。深呼吸をして湧き出た怒りを抑える。
「そういう事は早めにおっしゃってくれると嬉しいのですが・・・」
「だって今決めたもーん」
椅子に座りくるくると軽快に回る大神。

「っく、この・・っ」
くぅと呼ばれた女は怒りを抑えて落ち着けー、落ち着けーと小声で呟きながら再び深呼吸を繰り返して湧き上がる怒りを押し留める。
肩を震わせていたくぅだが、次第に震えが収まり深く息を吐くと大神に向き直る。
「で、では農産物生産区域より、新たな作物の栽培に成功したと報告がありました。それに伴い、現地でそれを使った料理の味見をし

ていただきたいとのことですがいかがなさいましょう?」
「毒見ー?」
くるくると回りながら聞く大神。
「えぇ、毒見ですね」
さらりと言ってのけるくぅ。
ちなみに、人狼領地の国民は相手が領主であろうと遠慮はしない。


数分の間沈黙が場を支配する。キィキィと椅子が不快な音を鳴らしながら大神を乗せてくるくると回る。




「ハニーの作ったものしか食べなーい」




「言うと思ったよこのやろうめ!」
椅子の背もたれに手を掛け、回る椅子を更に高速回転をさせる。

「いぇーい。くぅちゃんもっとー」

上機嫌である。有体に言えば、遊園地に来てコーヒーカップに乗ってはしゃぐ子供のように。


しばらくの間、部屋には大神のはしゃぐ声と耳障りな椅子の音が鳴り響く。


「あー、そういえばその衣装似合ってるねー。いえーい」
背もたれに身体を預けながらクルクルと座ったまま勢い良く回る大神は腕を前に突き出してグッと親指を立てる。
その言葉を聴き、くぅの動きがぴたりと止まる。

「やってられんわぁぁぁぁぁああああああ!!」
一瞬の沈黙の後、くぅは頭に装備していたヘッドドレスを掴んで床に殴り捨てドアを蹴り破って部屋を走り去っていく。
ちなみにメイド服の着用を命じたのは大神であり、なおかつくぅは元からそのような職種には就いておらず無理やり、半ば強引に領主権限により側室兼藩王第一秘書という立場にさせられていた。





領主宅を飛び出たくぅはしばらくは当ても無く怒りに任せて辺りをうろつき、メインストリートを通り過ぎ怒りも下火になった頃には農村の近くまでたどり着いていた。



道端の石を蹴りながら農道を歩くメイドが一人。蹴った石ころが道を逸れて畑に転がり込む。なんとも絵にならない光景であろうか。
畑では幾人の農民が作業をしており、転がり込んできた石に気がつくと顔を上げる。転がった石を眺めていたメイドと視線が合う。先に口を開いたのはメイドの方だった。

「あれ、皆さんおそろいで何をしてるんですか・・・って、聞くまでも無いですね」
見れば畑の隅に数人が集まりビールを飲んでいた。実に美味しそうに飲んでいた。ついでに付け加えるならば、塩湯でしたとうもろこしをおつまみにしながら飲んでいた。
「おー、くぅちゃんいいときに来たね。一緒に飲んでいくかい?」
「別にサボってるんじゃないんだよ? 実は新作のビールを作っていてね、試飲中さ」
「一人で飲むよりも大勢で飲んだほうが意見が多くていいからね」
「という事で、一緒に共はn・・・じゃなくって、一緒に試飲会に参加しよう」
そういって開封前の缶を差し出す農民A。そして「そういう事なら仕方ない」と嬉々としてその集まりに混ざるくぅ。先ほどまでの怒りはもう完全に忘れ去ったようである。
缶ビールを受け取り心地よい音を立てプルタブを開き一口飲む。「ぷはぁ」と、どこぞの親父のように満足そうにビールを飲む。
その後はビールを注いだりとうもろこしを食べたりしながら談笑に花を咲かせ、服装以外はすっかり場に溶け込んでいた。

ちなみに、農業博覧会に出品してからというもの国内では、とうもろこしやベラーマの実など国を代表する特産品からマイナーな作物まで様々な物でビールを製造しようという試みがなされていた。
いくつもの試作品が作られ、改良を重ね闇に葬られたり何度も試飲会が行われたりしていた。



談笑が猥談や自慢話、ほら話や英雄譚など話があっちに行ったりこっちに行ったりと飛び飛びになり統一性がまったく無くなっていた。
酔いが回り饒舌になりある事無い事をしゃべりだす。そんな光景を目にしながらくぅは自分のペースで飲み進める。そこへ一人の青年がやってきた。
「あ、そうだ。あの領主に毒見を頼んだアレはどうなりました?」
「ぁー、あれねぇ。食べてくれなかったや。ごめんね、ソーヤ君」
農民A改め、ソーヤ君。冒頭のシーンで領主に毒見役をさせようとしたのは実は彼であった。
「まぁ、さすがにスイカヨーグルトキムチチャーハンメロンカレーを素直に食べてくれるとはおもっても見ませんでしたが・・・」
とうもろこしにかぶりつき、ビールを一口呷るソーヤ。どこか残念そうな表情を浮かべる。
ソーヤは知る由も無いが、名前からして危機感漂うその料理は大神の口に入ること無く廃棄処分されていた。

「あー あの時ハニーの料理が頭をよぎったから断った」とは大神の弁である。

そんな事は言えるはずもなく乾いた笑いを浮かべるくぅであった。
「アーハハハハ・・・次は食べやすい物がいいんじゃないかなー」
さりげなくを装い忠告を促すが、やや上ずった声が一抹の不安を隠しきれていなかった。


足元には空き缶が無数に転がり、昼間から腹芸をはじめる者も出始め酒盛りもピークに達した頃いつまでたっても作業が再開されないことに業を煮やした女衆が怪獣映画よろしくドスドスと足音を響かせながらやってきた。
だが酒が完全に回り自分の世界に入っている者やハイテンションになっている者など、泥酔状態にありまったく気がつく者はいなかった。
自分たちの効きに気づく様子も無く酒を飲み、笑い、食べ、この上なく楽しそうに過ごしていた。だがそれもつかの間であった。



「あーら、楽しそうねぇ。仕事をサボって酒盛りなんてよっぽど働きたくないのかしらぁ?」


とても楽しそうに、しかし明らかに怒気を含んだ声が聞こえた。
そのたった一言に場の雰囲気は一瞬にして凍り付き誰もが動きを止めた。

その後はとても筆舌に尽くしがたい光景が繰り広げられ、その話を聞けば子供はあまりのショックに気絶し、大人でさえも泣き出す始末であったという。
この出来事の後、仕事中の飲酒は全面的に禁止されたという。
だがこの事が切っ掛けなんかどうかは不明だが、後に「銘酒・鬼鳴き」が作られたという。





さらに数日の後、くぅは再び領主宅に呼び寄せられることになった。前回と違う点はメイド服を着ていない。ということである。
大神の部屋の前へとやってきたくぅ。前に蹴破ったドアはすっかり新調され新品の輝きを放っているようにも見えた。
ドアをノックする。
返事は返ってこない。

もう一度ノックをする。
やはり返事は返ってこない。


首を捻りながらもノックすることを諦め、ドアノブを回して扉を開く。
そしてくぅの目に入ってきたものは―――――――――…………



空き缶の壁に囲まれた大神であった。空き缶の壁に驚き僅かに身を強張らせるくぅ。
しかし、次に感じた異変でくぅは身体を震わせることとなった。

くぅの鼻を異臭が襲った。
だがその異臭、匂いには不快感は無く、むしろ鼻腔をくすぐる様に甘い匂いが部屋を満たしていた。
部屋を埋め尽くすほどの空き缶を良く見れば、それは農業博覧会で公開されると瞬く間に特産品としての地位を確かなものとした人狼ビール(WOLF BEER)であった。
製造方法は種類によって様々であるが、大神の周りにある人狼ビールはどうやらとうもろこしを使ったものらしい。


くぅは身体を震わせる。
むろん、怒りによってである


「あ、くぅちゃんいらっしゃーい。ほら、くぅちゃんも飲んで飲んでー。今日は宴会だー」
既に何本目かも分からない人狼ビールを口にする大神。口ぶりからすると酔っているのかどうかすら定かではない。


くぅの身体は震えている。
怒りが満ち足りたことによって震えている。


「うーん このビールに合う新しいつまみか料理を国民に考えさせるように指示を出さなくてはー」
飲み終わった空き缶を適当に放り投げる大神。狙ったのか偶然なのか、はたまた奇跡か大神の持ち技なのか投げた空き缶は壁となっている空き缶の上に華麗に着地し新たな壁の一部となった。


「真昼間から飲んでんじゃねぇぇぇええええ!!」
くぅの怒号が響き渡り、空き缶の壁がぐらぐらと揺れる。が、倒れることも無く崩れることも無く憮然とその場に存在感を放ち続ける。


「にゃー」





今日も今日とて旧人狼領は平和である。


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