あある・えすの誕生 ( No.1 ) |
- 日時: 2007/02/10 21:07
- 名前: 結城由羅@藩王
- 兄弟の中でただ一匹白い猫がいた。耳の先から尻尾の先まで真っ白で、瞳は赤かった。体は小さく力なく、生まれ落ちた次の瞬間から死にかけていた。
出産後の疲れからぐったりと横たわっていた母猫は、兄弟に押しのけられ、乳にたどり着くことができない彼を物憂げに見つめると、にゃあ、と一声鳴いた。
「エミリ、大丈夫か」
声と共に人が現れた。身体にぴったりとした黒い皮のスーツを着た、すらりとした女。そして、母猫に群がる小さな子猫らを見て微笑んだ。
「おお、無事に生まれたのだな。良かった」
エミリはねう、と小さく答えると、口を開いた。
『人たる猫であるそなたにお頼み申し上げる。小さき白き子の養い親になっては頂けまいか』
それはかつて人が猫と共にあった頃の古い言葉。今では猫忍者と呼ばれるものたちと、彼らとよしみを通じる猫たちしか使わぬ言葉。その言葉を聞いて、女――結城由羅は目を細めて白い子猫を見た。そして状況を理解した。
『なるほど、この子には人の手が必要だ。したが、母なる猫よ。ひとたび我に預ければ、この子は猫には戻らぬかも知れぬ』
古い言葉で応える。猫が歌うような響き。
『もとより承知のうえ。それがこの子の選択ならば、それは運命。そなたの道の上で、この子の道を見出すでしょう』
母猫が歌うように返すのへ、重々しく由羅が頷いた。
『なれば、確かに、そなたの子を預かった。安心するがよい』
由羅は兄弟に阻まれてうろうろするその子猫を抱き上げた。弱々しい鳴き声。首に巻いた赤いマフラーをはずし、それでそっとくるんで胸に抱く。
『頼みました…』
その様子を見届けて母猫は目を閉じた。
「また、落ち着いたら様子を知らせよう、友よ」
目を閉じながら、エミリはにゃあと鳴いた。
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あある・えす王猫になる ( No.2 ) |
- 日時: 2007/02/10 23:11
- 名前: 結城由羅@藩王
- 世界忍者国において、猫士になるのは事情があって親猫が育てられなかった者か、どうしても人の世界に行きたいと願った変わり者のどちらかである(それ以外にまれに、よその世界から流れ着くものもいる)。
前者は、猫忍者の隠れ里で育てられ、里に忠誠を誓う猫忍者になる。後者も基本的には彼らに混じって生活することになる。なお、この世界で人の名を得るのには名付け親が必要で、名付け親は彼らの親代わりとなる。昔は隠れ里に閉ざされていたこの風習も、今では国のシステムとなっている。
あある・えすも結城由羅に名前を与えられた後、猫忍者の隠れ里で育てられた。彼女は多忙で、まれにしか会いに来なかったが、いずれは彼女のために働くのだと漠然と思っていた。エミリ母さんのところへ戻ってもいい、とは言われていたけれど、あある・えすは結局里に残ることを選んでいた。
元が猫だった猫士の成長は早い。二年も経たないうちに、あある・えすは青年期に入った。人型を取らなかったがために、特に成長が早かったと言える。なぜ、人型にならないのか、という問いには、彼は早く追いつきたいからと答えた。誰にと問われても答えなかったが。
その日、
「国を興す。王を補佐する猫士が必要だ。来るか?」
と問われたとき、どれほど嬉しかったことか。
「無論、参ります」
差し出された手に小さな白い手を乗せたときの、彼女の笑顔は一生忘れないだろう。
そして、怪人号と呼ばれるアイドレスに乗り、彼女と共に戦場を駆けた。
幸せだった。
そう、あの猫士が来るまでは…。
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ろにゃー登場、とその結果 ( No.3 ) |
- 日時: 2007/02/11 02:11
- 名前: 結城由羅@藩王
- 「なかなかいい国になりそうでござるな」
藩王たちが国の立ち上げでおおわらわにしていたある日、そんな言葉と共にその猫士はやってきた。あある・えすはそのときのショックを忘れない。藩王をはじめ、うっかり摂政と呼ばれる氷野凍矢摂政、そしてうっかり団長こと環月怜夜騎士団団長が、食い入るようにその猫士を見つめていた。 (参考:http://richmam.xtr.jp/kingdom/patio2/read.cgi?no=2)
王猫として一身に注目を集めてきたあある・えすが、彼に人気を奪われた瞬間であった。
「うは、ロジャーそっくり…」
藩王が噴出しそうになる鼻血を押さえて仰け反る。
がーーーーーーん!
(は、藩王のばかーーーー!)
声もなく泣きながら王宮へ走りこむあある・えすに誰も気づかなくて、さらに彼は傷ついた。あれが誰に似ているのか、彼は知っていた。ロジャー・サスケ、藩王が心より慕う男。いつも写真を掲げてうっとりしてるのにむっとしてはいたが、それにそっくりな猫士が現れるとは!!
かくなる上は! あある・えすが頓珍漢な決断をしたのはこの時である。
/ * /
「いやあ、びっくりしたな…」
藩王は半時間ほどして、にやにやしながら自室に引き上げてきた。そして、びくり、と足を止めた。ベッドの上に見慣れぬ人影があった。
「な、何者!!」
強い誰何に、その人影が立ち上がる。光に浮かびあがったその姿を見て、藩王は仰け反った。
「なななな…あーる・えす…いや、違う、猫…耳?」
さらさらと長く流れる黄金の髪、すらりと伸び黒い皮のコートに包まれた姿態、銀縁眼鏡の下からのぞく酷薄と言ってもいい切れ長の瞳。それは、結城由羅が一目惚れしたRSの姿そのままだった。…ただし、その頭に猫耳が生えていたけれど。
RSにしかみえないその人物は、皮肉にくっと唇を歪めると、藩王に近づいた。あまりのことに口をパクパクさせながら、後ずさる藩王。手を差し伸ばし、それ以上近づかないよう止めようとする。
「ちょっと待って…だ、誰ですか!あなたは!」 「…なるほど、そういう反応をするんだ…」
ぼそり、と呟いたその声に藩王の猫耳がぴくんとはねた。
「あ、あある・えす!お前か!!ちょ、悪ふざけはやめなさい!」 「どうして? この顔が好きなんでしょう?」
泣きながら写真を掘り出して、わざわざその人型を取ったあある・えすはにやにや笑いながら言った。あら、結構この格好面白い。
「そ、それは好きだけど…いや、ちょっと、マジヤメテ」
真っ赤になって顔を背ける藩王…が面白くて思わず近づく。と、きっと睨みつけられて、頬をはたかれた。
「あ、あある・えすのばか!!!」
そして、呆然と立ち尽くすあある・えすを置いて藩王は走り去っていった。
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