実験体:多足体B−01 ( No.1 ) |
- 日時: 2007/03/13 03:31
- 名前: 結城由羅@藩王
- 結城由羅藩王は、珍しく反省していた。生命をもてあそぶ行為に憂鬱になったとも言う。戦いに勝つためには非情にもなる忍者にしてマッドサイエンティストでもあったが、国民たちの生き物との共存を願う純粋な気持ちに触れて、ふと自分の手が血にまみれていることを思い出した。
(何を今更)
と皮肉に笑う。目の前には、実験体:多足体B−01――昨日、この実験室から逃亡し、捕獲され、寿命が尽きた蜘蛛に似た機械生命体の遺骸がある。脚を畳まれてなおうず高い塊になっているその遺骸にレーザーメスを入れながら、藩王は可銀技手とのやりとりを思い出していた。
/ * /
「あぁ藩王、かの… いや、この蜘蛛の遺体私が持っていたいのですが… 研究の為に」
可銀技手は、蜘蛛の遺骸に抱きつきながら、引きつった笑みを無理やり浮かべて言った。藩王が、駆けつけてきた研究員達に回収の指示を出していたが、その言葉に一瞬固まった。
「こちらで少し調べた後なら…後で一部を渡そう」
しばらくの沈黙の後言葉を継ぐ。可銀技手の顔が泣き笑いの形にゆがんだ。
「分かり…ました。」
唇をかみ締めて、無理に明るい声を出そうとする。
「さて… 新型アイドレスでも考えるかなぁー」
藩王がその様子を痛ましげに眺めてぼそりとつぶやいた。
「…どこがいい?」 「どこ ですか?」
可銀技手は、一瞬呆けたように藩王を見た後、黙り込んだ。数秒の後、顔を上げる。
「コア とかあります?」 「コア…は機密だ…。脚とか目とかならば…」
可銀技手の瞳に狂気じみた怒りの光が閃き、げらげらと笑った。藩王が、引く。
「わかった。コアだな」
可銀技手の笑いがやんで、ふっと子供のような顔で藩王を見た。
「下さるんですか?」 「ああ、少し…時間はかかるが」 「ありがとうございます」
可銀技手が遺骸から離れると、研究員たちがそれを取り囲んで運んでいった。
/ * /
レーザーメスで頭部を切開し、丁度人の脳ほどの大きさのシリコンの塊を取り出す。眺めた後、ため息ひとつついて、プレートに置く。
そして、腹部を切開して、目を細めた。
「なるほど、卵か…」
自己複製のために用意された卵の群れがそこには詰まっていた。いくつかはまだ未成熟だったが、いくつかは…。
「成熟してあとは最後の一押しといったところか」
それらをプレートに取り分ける。解体作業はまだまだ始まったばかりだった。
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ゴージャスタイム ( No.2 ) |
- 日時: 2007/03/13 03:50
- 名前: 結城由羅@藩王
- 数日後、修理・改築されている整備工場の前に藩王が現れた。工場の外で、遠い目をしてバウニャンの背を撫でている可銀技手を見つけて声をかける。
「大分、修理も進んでいるようだな」
ふっと我に返った可銀技手は藩王を見て、はかなく微笑んだ。
「ええ、マルチフィクサーのみなさんに頑張ってもらってます」
そして、あわただしく立ち働くマルチフィクサーたちに目をやる。日々みるみる修理・改築されていく様子は、傷ついた彼の心を癒した。
「そうか、しかし、工場の改築案は、貴殿のものという話だが」 「はは…そうですね。せっかく予算をいただけたのでわがままを言わせていただきました」 「いや、それは、構わないが…」
口をつぐんで、作業の様子を眺める。しばらくそうした後、藩王はぽつり、と口を開いた。
「約束のものを持ってきた」 「は?」
顔を上げる可銀技手の目の前に、布で包んだ丸いものを差し出す。
「あの、蜘蛛のコアだ」
一瞬固まった後、震える手で言葉もなく差し出されたその塊を受け取る可銀技手。胸に押し抱いてじっと心を落ち着けた後、ほうっと息を吐いた。
「ありがとう…ございます…」
藩王は、痛ましげにその様子を見た後、頭を掻いた。
「異質な思考にはあまり触れないほうがいいと思うがな」 「私はいつか猫も犬も他の種族達とも友となれる日がくることを信じます」 「そうか…」
藩王は、空を仰いだ。遠い世界を思う。ゴージャスタイム、それは彼の人が仰ぐ人の理想とする世界ではなかったか。
「そうだな、そういう時代がくるといいな」 「我らの手で作りましょう」
可銀技手は微笑んだ。その微笑には悲しみはなかった。
「では」
一礼して下がろうとする。手に形見を持って、新しい未来を築くために、仲間の下へ行こうとしている男が、そこにはいた。
「あの蜘蛛には、卵があってね」
それへ、藩王は声をかけた。目をぱちくりさせる可銀技手。
「は?」 「孵化するかもしれない。孵化したら、育てるかね」 「…卵とは、彼女の、ですか?」 「そうだ」
絶句する様子に、ふっと藩王は微笑んだ。
「もちろんです!」
勢いこんで返事をする可銀技手に頷く。
「わかった。結果を楽しみにしておいてくれ」
そして、ひらひらと手を振ると王宮に戻っていった。
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夜空さん誕生 ( No.3 ) |
- 日時: 2007/03/13 05:10
- 名前: 結城由羅@藩王
- 「お、可銀技手、いいところに来た」
さらに数日後、整備工場の修理完了報告に来た可銀技手を、ばたばたと駆けて来た藩王が捕まえた。
「陛下…なぜ走っておられるので?」 「はっはっは、細かいことは気にするな」 「はい?」
藩王は可銀技手の手を掴むとそのまま、王宮の裏庭にある研究室まで引っ張っていった。
ああ、と可銀技手がその建物を感慨深く眺める。ここで、蜘蛛捕縛を依頼されてから、随分長い時間が経ったような気がする。藩王は、そんな様子には頓着せずに、ずんずんとそのまま中へ可銀技手を引きずっていった。とある白いドアを開け、中に入る。
「ここだ」 「えーっと、何が、でしょうか?」
藩王がじれったそうに舌打ちした。
「卵だよ、卵」
机の上に載った丸いガラスの被さった装置を指差す。見ると、その装置の内部真ん中に卵と思しき白い塊があった。
「あれはもしや…」 「そう、こないだ話した蜘蛛の卵だ」
そのときドアがバーンと開いた。
「やっぱり、ここですか!藩王!執務に飽きて逃げ出すのはいい加減にしてください!!」
みはえる摂政が立って、頭から湯気をあげながら叫んでいた。どうも探し回ってたらしい。可銀技手がちらと藩王を見ると、口笛を吹いていた。
「だって、退屈なんだもん」 「退屈でもやってもらわないと困ります!」 「えー」 「えーじゃありません!!…大体それはまたなんですか?」
みはえる摂政が、机の上の装置に気がついて、目を三角にした。藩王の顔がぱっと明るくなる。
「孵化装置!!」 「は?…ふかそうち?」 「特定の波長の電流を流すことで、卵を孵化させることができる、そういう装置。いやぁ、作るの苦労した〜」
いい仕事をした、そういう爽快感を込めて語る藩王に、胡散臭そうにみはえる摂政が尋ねる。
「えーっと、何を孵化させるんでしょう」 「こないだの蜘蛛の、卵。複製増殖の用意をしてたんで、卵が腹部にあってねぇ。回収した」
絶句するみはえる摂政。この間あれだけ説教をしたのに、この人は。
しばらくして口を開く。
「…ええと、それ、もしメスだったら、また増殖するのでは……」 「増殖可能になるまで10年はかかると思うなぁ」 「いやいやいやいや、10年後に国が崩壊しますがな」
もはや脱力しながら突っ込む摂政。それへ可銀技手が微笑んだ。
「同じ轍は踏まないようにしますよ」
「ひいいいいいい;;;;;」
悲鳴に三人が顔を上げると、入り口で様子を伺いながら話を聞いていた月代騎士ががたがた震えていた。
「くもとかむかでとか無意味に足がいっぱいあるのとか大嫌いです(T-T)」 「ああ、そういえばわんわん帝國のポチ王女は苦手らしいねぇ」
のんびりと藩王。凍矢摂政が、月代騎士の後ろからひょい、と顔を出してへらへらとコメントした。
「じゃあそれを使ってビアナオーマ艦隊でも追っ払いますか」 「おお、それだ! ゴキが駄目なら蜘蛛も駄目に違いない!」
みはえる摂政が、斜めに話を暴走させる。
「どうなんでしょうねぇ」
可銀技手が相槌を打って、視線を装置に戻した。装置の中では、電流を流された卵が、カタカタと動き始めていた。
5人がじっと見つめる中、卵にひびが入り、割れる。まず、脚が出て、かさり、と卵から本体が落ちた。20cmほどの、柔らかな銀色の蜘蛛。ふるふると殻を振り落として、ガラスをかたかたと叩く。
藩王が可銀技手を促して、装置の前まで連れて行き、そっとガラスカバーを開けた。戸惑ったようにそこに固まる蜘蛛に、可銀技手がそっと手を差し出す。蜘蛛はしばらく逡巡した後、その手に乗った。
「おめでとう。君の蜘蛛だ」 「僕の…蜘蛛」
「前も言ったが、主食は鉄だ。一部感覚器のためにレアメタルやシリコンの摂取も必要だ。まあ、わからないことがあったら随時聞いてくれ」 「ありがとうございます」
可銀技手はふっと微笑むと、藩王に一礼した。
/ * /
それ以後、新築された整備工場では、蜘蛛とバウニャンと幸せそうに過ごす可銀技手が、ある意味名物となった。
「うう、整備工場には絶対いけない」とは月代騎士。 「俺も可銀さんとこにいけないなぁ」と凍矢摂政。
蜘蛛嫌いには不評であったという。
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「イベント/09/その頃のI=D工房」 http://richmam.xtr.jp/kingdom/?%A5%A4%A5%D9%A5%F3%A5%C8%2F%A3%B0% ..... 9%A9%CB%BC に続く
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