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イベント/09/その頃の吏族

その頃の吏族

 国中が戦闘へとゆっくり静かに向かっている頃、しっか吏族、こと川流鐘音騎士は寝込んでいた。度重なる心労にダウンした、というのが大方の見方である。長い長い旅から帰ってきたと思えば、星見司の試験にチャレンジしてこれを見事(仮免とは言え)通過、吏族としてその腕を大いに振るった。責務を果たして、幾分気の緩んだところに、風邪が忍び込んだのだ。

「げほっ、げほっ、戦闘、準備、をしだ、けでば…げほごほげほ…」

 高熱を発してもなお、国に貢献しようとするその意気やよし、ではあるが、さすがに無理というものである。

「休まないとダメですよ…」

 うっか吏族、こと環月怜夜騎士団長が、これを見舞いに来ていた。正確に言えば、天文台で倒れた鐘音騎士に今まで付き添っていた。

 心配げに見下ろしているが、むしろ失敗される側なのが情けない。つい先日も、某国で作成された「走って逃げるケーキ」が欲しくなって出かけたあげく、道に迷って白金優士副団長に保護されていた。めそめそ泣いていたその姿を見られたわけではないが、話は国中に伝わっている。藩王が面白がって今日の藩国ニュースに載せたからだ。今朝は天文台で出会った途端、「大丈夫でしたか?」と聞かれてめげた。

 なんとかして、イメージを挽回しなくては、と思う。寝床も整え、おかゆも作った。医師からの薬も枕元に完璧に準備されている。やればできるのよ、私、である。しかし何かが足りない…氷?

 自然との調和を重んじるこの国では冷凍庫は一般的ではない。高熱を発している鐘音騎士を冷やす、氷嚢がなかった。

(そうだ、氷を取ってこよう)

 ここで、王宮の冷凍庫を思い出さないのが、彼女の興味深いところである。

(確か、山の頂上の洞窟に氷が)

前見たことを思い出した。そして、わーい、山登りーと喜んだ。

「ちょっと待っててくださいね?」

 怜夜は、見舞い客の持ってきた果物と花を、鐘音騎士の枕元のサイドボードに飾ると、にっこりと笑ってそう言った。そして、意識の朦朧とした鐘音騎士が、何を?と問おうとしたときには、もう居なかった。

/ * /

 今度は大丈夫。もう道に迷わない。コンパスがあるから、と怜夜はかばんにつけたコンパスを見た。

「一人前になってやるんだ! 副団長はもう要らないもん。」

 ぐっと握りこぶしを作る。怜夜は自分が泣いてたことを副団長が藩王に報告したと思い込んで、根に持っていた。

「泣いてたことは黙っててね、って口止めしたのに」

 唇を噛む。濡れ衣である。実際のところは、涙の跡を目ざとく見つけた藩王が、副団長を誘導尋問したのである。しかし、そんなことは知らない怜夜はむくれて、ついてこようとする副団長を振り払って一人で来ていた。

「…おかしいなぁ、もうそろそろ、洞窟についてもいいはずなんだけど」

 副団長と二人で探索に来たときはとっくに着いていたはず、の時間になって、さすがに怜夜は焦った。

「もしかして…道に迷った?」

 もう日も暮れようとしている。森の夜は早い。とっぷりと暗くなっていく森の中で、怜夜はコンパスを握り締めて途方に暮れた。

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Last modified:2007/01/09 22:20:21
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