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イベント/14/プロジェクト食料増産

イベント/14/プロジェクト食料増産

(文:緋乃江戌人川流鐘音結城由羅)

 中央病院で行われている食料の備蓄は、平時であれば順調に見える速度で進んでいた。だが、今は戦時下になろうとしている、いや、もうすでに戦時下であった。

 兵に持たせる為の兵糧を大量に放出する必要性から、大量の備蓄を消費しなくならないのは、火を見るより明らかであった。更に、追い討ちをかける様に出された中央政府からの食糧増産令。食料が足りないのは何処も同じ、市場は高騰の兆しを見せ始めていた。元々、それほどの資金も無い。何とか食糧の増産を急ぐ必要があった。それも一晩で行う必要があった。

 普通ならば絶望する状況かもしれない。しかし、この国には状況を打開する術がある。それは、勝算の低い戦いでは有るけれど。其処に誰かの笑顔がかかっているのならば。

 彼と彼女たちは、立ち上がるのだ、何度でも。

/ * /

 王宮では直ちに対策会議が行われた。

 大規模な開墾には抵抗が予想された。この国は元より森に住み、森に生きる人々の国。ベマーラという万能食物である果実をその主食とし、地を拓くことは基本的にしてこなかった。これまでは実験的な栽培がされてきたが、本格的な導入には旧来の人々から強い抵抗が出ていた。

 摂政は、言った。「藩王、それは無茶だ」

 藩王は、答えた。「それでも、ここに国を作るんだ」

 一瞬時が止まる。その後藩王は口を開いた。

「ベマーラだけでは増産は無理だ。食料を輸出し、国を豊かにするには、森を拓くしかない」

 そして微笑んだ。

「無茶はわかってる。だが、やるんだ。長老どもは私が引き受ける。やれ」

 みんなは、立ち上がった。「やろう」「やってみよう」 そのとき、国民たちの心は一つになった。

 どこからともなく、どこかの国のプロジェクトドキュメンタリー番組の歌が流れてきた。みなが振り返ると、月代騎士がてへ、と笑った。

/ * /

 幸い、この国にいるのは生命工学系統のエキスパートでもあるマルチフィクサーと、大地と共に生き、その力を借りる事の出来る猫忍者達である。方針は瞬く間に決定した。科学と忍術の融合による新たな食料増産技術の即時開発。それしかない、と…。

 直ぐ様、宮廷騎士を始めとする其々のエキスパートが、開発局と呼ばれる部局の建物に召集され、開発が開始された。マルチフィクサーの筆頭二人、可銀緋乃江戌人が新I=Dのテスト飛行の整備士として出陣したため、農業に詳しい、逢瀬みなおカヲリが陣頭指揮を執った。

 元々、医療技術において、忍者に代々伝わる秘術の研究を行うなど、新たな技術開発はされていた。その為、この緊急時における即時開発などという無茶な状況においても、スムーズに連携を取る事が出来た。この調整のために、猫忍者である結城由羅藩王と二人の摂政、そして久堂尋軌も活躍した。

 また、幸い国が元々、食糧生産の検討を行っていた為に、作業土台も確立されていた。

 開発すべき系統は大まかに三つ。

 一つ。栽培されている食物自体の超成長促進。

 二つ。その促進の為の栄養確保としての土壌肥沃化。

 三つ。それを助ける為の水質改良。

 そして、忍術には、その存在が伝説に囁かれているように、土遁、水遁、木遁と呼ばれる三つの系統がある。その三つは確立された分野であった。後は、其処に如何に新たな知識を組み込むか。そのハードルは、高かった。

 深夜。開発局のほぼすべての部屋には煌々と明かりがつけられていた。その一部屋ごとにせわしなくペンを動かしたり、器材を操作したり。また、白衣と忍者服の人々が議論を繰り広げたりする姿が見受けられた。

 そして、隠れ里では術が完成次第、その術の試験を行なう為、技術開発に携わらない忍者達が、術の作業分担を行い瞑想にはげんでいた。実験自体に忍術を用いる為、技術開発に携わる忍者達は、完成した術の使用には耐えられないだろうと判断された為である。

 実験はなかなかはかどらない。難点は山積みだった。

 例えば、水。水遁があるとはいえ、もともと操る為の充分な水脈が得られず、苦肉の策として水遁で川を制御して補わなければならなかった。そして、それをなんとか乗り越えた矢先。後一歩、後一歩の所で何かが足りない。術は確実に作用している。なのに、計算どおりの結果が出ない。それぞれの術と術が微妙にかみ合わないのだ。

 人々は、頭を抱えた。時間は刻一刻と過ぎて行くばかり。

 日の出まで、後どれくらいだ?

 疲労が身体を蝕み、絶望感が重く圧し掛かる。誰もがあきらめかけたその時、誰かが叫んだ。

「そうか、なんで気付かなかったんだ!」

「光だよ。火遁を使うんだ!」

 そう、一つの面にばかりに気を取られ、食物の成長に不可欠とも言えるエネルギー。日の光の存在を忘れていたのだ。皆の顔に、笑顔が戻った。

 長い夜が明けた。日が山間より顔を出し、空が段々と漆黒から藍へと変わって行く。

鶏が朝の訪れを告げるよりも早く、開発局の中庭で歓声が上がる。事実、開発局近くの民は、その声で何事かと目覚めたという。

/ * /

 空を飛ぶ鳥達は、中庭のその光景を目にして驚いただろうか。

 そこには、昨夜はなかった黄金の大地の実りが、付着した朝露に日の光を反射させて煌きながら、確かに存在した。

 自身も優秀な猫忍者である藩王、結城由羅は開発局にて夜を徹し、指示を出していた。しかし、その疲れを微塵にも見せずに、きりっとした表情で収穫物に歩み寄る。

 手に取ったのはベラーマ。この国の特産品であり、古くからこの国の食を支えてきた食物。一口、かじる。そして、笑みを漏らして頷いた。

「美味い」

 そして、先に述べた歓声があがったのだ。

 すぐさまに顔を引き締め、隠れ里への伝令を指示する。

 作戦は大詰めだった。余り、その存在自体を公にする事を好まない忍者達は、人々が働きに外に出る前の残り少ない時を、無駄にする事なく瞬時に配置についた。

 後はもう、人海戦術でしかなかった。

/ * /

 時は少し移る。その日の朝、既にもう空は白く、人々はいつもの暮らしを始めるべく窓をあけ、朝餉の匂いがそこかしこから漂ってくる頃。外に出て、大きく伸びをする国民の多くは、驚きの声を上げたのだとしても(そして実際にそうであったのだけれど)、無理はない。

 そこには、巨大に成長し、多くの実りをつけた栽培物達が農業地帯銃に溢れていたのだから。

/ * /

 同時刻。中庭を開発局の建物から見下ろして、結城由羅王が微笑みと共に呟く。

「よく、頑張ったな。」

 傍らで控えている摂政達や側近の宮廷騎士達が微笑み、深々と、「お褒めのお言葉、有難き幸せに存じます」と頭を垂れた。

「さぁ、我々の仕事はまだまだ残っているぞ」 『はっ』

 公務を果たすべく、窓際から去り行く藩王が見下ろした先―――中庭には、白衣と忍者の格好をした多くの人々が倒れていた。そのどの顔にも、何かを成し遂げたものの表情が浮かんでいる。きっと、自分達の行いに、笑みを浮かべた何処かの誰かの表情を夢に見ているのだろう。


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