亡国某日、世界忍者国内人狼領地、領主宅
「本日の予定は、学園地区の見回り、軍港にて新造船の進水式への出席。その後軍部パーティーでの挨拶」
片手にファイルを抱え、もう片方の手でファイルをめくるメイド服を着た女が一人。
「だりー」
机の上に突っ伏してゴロゴロと上半身を転がす男が一人。
「午後の予定ですが、軍駐屯地にて演習の視察。その後農場にて・・・」
「うだー」
「農場にて・・・」
「だーりー」
「人の話を聞けぇぇー!!」
スパーン!と、気持ちのいい音が鳴り響く。
ファイルをめくっていた女がどこからか取り出したのかいつの間にか空いていた手にハリセンを握っていた。ついでに付け加えるなら、振り下ろした後であった。
「くぅちゃん痛いー。暴力反対ー」
ハリセンで叩かれた頭をなでながらぶーぶーと文句を垂れる男。
この男、ハリセンで頭を叩かれてはいるが旧人狼領地の藩王、大神重信である。
大神はのそりと上半身を起こすと座っている椅子の背もたれに思い切り体重を預ける。椅子がギシィと軽く耳障りな音を立てる。
「それで農場の視察についてですが・・・」
くぅと呼ばれた女は勢いよく振り下ろしたハリセンを脇に抱え、息を整えて再びファイルを読み上げる。
「あ、くうちゃん今日の予定全部パスねー。マイハニーとデートだからー」
背もたれに身体を預けながらクルクルと座ったまま回る大神。
ピクピクとくぅの額に青筋が一本浮き出る。深呼吸をして湧き出た怒りを抑える。
「そういう事は早めにおっしゃってくれると嬉しいのですが・・・」
「だって今決めたもーん」
椅子に座りくるくると軽快に回る大神。
「っく、この・・っ」
くぅと呼ばれた女は怒りを抑えて落ち着けー、落ち着けーと小声で呟きながら再び深呼吸を繰り返して湧き上がる怒りを押し留める。
肩を震わせていたくぅだが、次第に震えが収まり深く息を吐くと大神に向き直る。
「で、では農産物生産区域より、新たな作物の栽培に成功したと報告がありました。それに伴い、現地でそれを使った料
理の味見をしていただきたいとのことですがいかがなさいましょう?」
「毒見ー?」
くるくると回りながら聞く大神。
「えぇ、毒見ですね」
さらりと言ってのけるくぅ。
ちなみに、人狼領地の国民は相手が藩王であろうと遠慮はしない。
数分の間沈黙が場を支配する。キィキィと椅子が不快な音を鳴らしながら大神を乗せてくるくると回る。
「ハニーの作ったものしか食べなーい」
「言うと思ったよこのやろうめ!」
椅子の背もたれに手を掛け、回る椅子を更に高速回転をさせる。
「いぇーい。くぅちゃんもっとー」
上機嫌である。有体に言えば、遊園地に来てコーヒーカップに乗ってはしゃぐ子供のように。
しばらくの間、部屋には大神のはしゃぐ声と耳障りな椅子の音が鳴り響く。
「あー、そういえばその衣装似合ってるねー。いえーい」
背もたれに身体を預けながらクルクルと座ったまま勢い良く回る大神は腕を前に突き出してグッと親指を立てる。
その言葉を聴き、くぅの動きがぴたりと止まる。
「やってられんわぁぁぁぁぁああああああ!!」
一瞬の沈黙の後、くぅは頭につけていたヘッドドレスを掴んで床に殴り捨てドアを蹴り破って部屋を走り去っていく。
ちなみにメイド服の着用を命じたのは大神であり、なおかつくぅは元からそのような職種には就いておらず無理やり、半ば強引に藩王権限により側室兼藩王第一秘書という立場にさせられていた。
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領主宅を飛び出たくぅはしばらくは当ても無く怒りに任せて辺りをうろつき、メインストリートを通り過ぎ怒りも下火に
なった頃には農村の近くまでたどり着いていた。
道端の石を蹴りながら農道を歩くメイドが一人。蹴った石ころが道を逸れて畑に転がり込む。
畑では幾人の農民が作業をしており、転がり込んできた石に気がつくと顔を上げる。
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数日の後、くぅは再び領主宅に呼び寄せられることになった。前回と違う点はメイド服を着ていない。ということである。
大神の部屋の前へとやってきたくぅ。前に蹴破ったドアはすっかり新調され新品の輝きを放っているようにも見えた。
ドアをノックする。
返事は返ってこない。
もう一度ノックをする。
やはり返事は返ってこない。
首を捻りながらもノックすることを諦め、ドアノブを回して扉を開く。
そしてくぅの目に入ってきたものは―――――――――…………
空き缶の壁に囲まれた大神であった。空き缶の壁に驚き僅かに身を強張らせるくぅ。
しかし、次に感じた異変でくぅは身体を震わせることとなった。
くぅの鼻を異臭が襲った。
だがその異臭、匂いには不快感は無く、むしろ鼻腔をくすぐる様に甘い匂いが部屋を満たしていた。
部屋を埋め尽くすほどの空き缶を良く見れば、それは農業博覧会で公開されると瞬く間に特産品としての地位を確かなものとした人狼ビール(WOLF BEER)であった。
製造方法は種類によって様々であるが、大神の周りにある人狼ビールはどうやらとうもろこしを使ったものらしい。
くぅは身体を震わせる。
むろん、怒りによってである
「あ、くぅちゃんいらっしゃーい。ほら、くぅちゃんも飲んで飲んでー。今日は宴会だー」
既に何本目かも分からない人狼ビールを口にする大神。口ぶりからすると酔っているのかどうかすら定かではない。
くぅの身体は震えている。
怒りが満ち足りたことによって震えている。
「うーん このビールに合う新しいつまみか料理を国民に考えさせるように指示を出さなくてはー」
飲み終わった空き缶を適当に放り投げる大神。狙ったのか偶然なのか、はたまた奇跡か大神の持ち技なのか投げた空き缶は壁となっている空き缶の上に華麗に着地し新たな壁の一部となった。
「真昼間から飲んでんじゃねぇぇぇええええ!!」
くぅの怒号が響き渡り、空き缶の壁がぐらぐらと揺れる。が、倒れることも無く崩れることも無く憮然とその場に存在感を放ち続ける。
「にゃー」
今日も今日とて旧人狼領は平和である。
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